灰と青



忘れた人間は鳥を飛べなくした


人類は空を飛べるようになった。広い空、どこまでも自由に。

人類は空を飛べるようになった。
2004年、人類は人類のDNAに鳥類のDNAを組み込むことに見事成功し、
その細胞をコピーして殆どの人間に植え付けた。
だから、今では
人類は空を飛べるようになった。

自分も この 俺も今では両手を広げて空を飛べるけど
なんでか足で地面を歩くほうが好きで 時々しか空を飛ばない。
小さい頃 何百回も願った夢は なんだか 叶ってみるとあまりにあっけなくて
当たり前になって直ぐに飽きた。
これが人間の悪い癖のひとつで 俺は人間で
所詮は鳥になんかならないってことがわかった。

地面をわざわざ足で歩くなんて人は本当に一部の人だった。
広い空にも 人間が溢れすぎて 空さえも直ぐに汚れたように見えた。
そんな空を窓から眺めてもあの頃みたいな夢とかきれいなものなんかかけらもなくて
今日も窓を閉めて何気なく外へ出た。
なんとなく上も見たくなくて パーカーのフードをかぶって両手をポケットに突っ込んで
少ないともだちのひとりのクコと無言で歩いてた。
ずっと下を向いて歩いた。
したらなんか うずくまってる小さい塊が見えた。
俺は その もうすこしで真っ白の灰色い髪に 目を留めた。
タイイクスワリしてて顔は見えないけど黒い服から出た腕はひどく白かった。
なんかの病気かってくらいに白かった。
クコもその塊を見つけて 思わず近寄ってってた。
俺もちょっと気になったから後をついてった。
「ね…オト これ病気なんかな」
馬鹿な俺にそんなことわかるわけない。聞かれても。
「さあ。わかんない」一応人間みたいだった。
「ねぇ お前うちは?帰んねぇの」
見た目ですでに訳アリですって感じだったのに 俺何アタリマエなこと聞いてんだろとか思った。
所詮俺はフツウのことしかできない。
聞いてからちょっと後にそいつは顔上げた。
やっぱり肌の色はヤバイくらいに白かった。
ダルそうに開けた眼は 水銀みたいな 鏡みたいな濁った銀色をしてて 更にビビった。
目にかかる長いまつげまで髪と同じに白い。
クコも俺と同じようにビビった眼でそいつを見た。クコだってこんな人間見たことない。
「…オト…」クコは困ったみたいに俺を見た。
得体の知れないこんな人間 できるなら放っときたかった。
けど こんな白くて細くて小さい人間 置いてくなんてしたら俺はフツウ以下になると思った。
「お前 立てる?」
そいつと同じ高さになるようにしゃがんで聞いたらちょっと瞬きして目を伏せただけで何も答えなかった。
体を動かすことを忘れたみたいで まるで人形みたいで。
しょうがないからそいつの白い腕を軽く引いた。
発泡スチロールでできたマネキンかなんかみたいにすっごい軽すぎ。
頭をうなだれてやっぱりダルそうに俺にすがるみたいに立った。
水銀みたいな眼が俺を見てちょっと揺れた。
その濁った鏡みたいな眼に俺が映った。
俺はなんか知らないけどそれが物凄く嫌で眼を背けて 思わず掴んでた腕をぱっと放した。
なぜか心臓がどきどきして 気づいたらクコがそいつをおぶって歩いて俺の部屋の中に入れる。
クコが「ねぇオト、そいつ病院かどっか連れてった方が良いよ。軽すぎるし髪と眼の色、有り得ねぇよ」と言って、
俺の部屋を出てった。その途端に 水銀の眼は俺を見つめて白い腕を伸ばした。
俺が歩いてそいつの前に立って、それから座って伸ばされた白い腕を掴んだ。
水銀の眼が伏せられたと思ったら白い両腕は弱い力で俺の服を握って倒れこんできた。
「おい お前 大丈夫?」小さい体を支えてはじめてそいつが震えてることに気づいた。
両腕の力と同じ位の弱弱しい声で 「たすけて」って言ったことにも気づいた。

そいつの水銀の眼から透き通った水が流れた。
弱弱しい声と震えるからだと水銀の眼と真っ白い髪 小さい 人間
濁った鏡の眼に映った自分を思い出した。なんか知らないけどそいつが愛しくなって震えるからだをぎゅっと抱きしめた。
濁った鏡の眼から流れる透き通った涙。俺の黒い眼からも同じような 透き通った涙が流れた。溢れ出た。

そいつは飛ぶこともできなくて白い髪と白い肌と濁った鏡のような眼を持っていた。
俺は空を跳べたけど黒い髪と黒い眼を持っていつも下向いて歩いてきた。


飛べない鳥は、飛べる鳥が飛べなくなっただけのこと。
飛ぶことに満足して歩くことを忘れた人間はただの肉の塊。ただ 悲しいだけのもの。
白い髪と白い肌の少年は 濁った鏡に人を映して透き通った涙を流した。
飛べない鳥と歩けない人間
どこにも何の変わりも無い
飛べない鳥は鳥だけど歩けない人間は本来の人間と 人を映す鏡を失った。
失えないはずの流す透明の涙も失った。



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