素敵な素敵なお話をご馳走しましょう。

「マユコッ早く起きなさいっ」
「んあー…今何時?」
「10時だよっ今日はナホコちゃんと夢屋さんに行くんでしょっ」
「そおだった…ナホコちゃんまだ来てないよね?」
「来てるから起こしたんじゃないのーーっ早く行きなさいっ」
「お小遣い〜〜」
「500円だけだよっ。ナホコちゃん待ってるわよさっさと行ってらっしゃいっ」
「いってきまあすっ ………ごめんねナホコちゃん行こっ」
マユコとナホコは6歳です。
建物はみんな同じ造りをしていて、道路も、道路を走る沢山の自動車も同じ造りをしていました。
将来就く職業はサラリーマンのみ、男が着る服はしたがってスーツ、女子供が着る服は作業服に限定され、
おまけに建物ばかり増えて土地も無くなり、公園や広場といった類の遊び場、公共の施設などは極端に減り、
物価も上がったので食べる食べ物や飲める飲み物も限られました。
子供達はろくに遊べもせずに、大人と一緒に毎日同じ暮らしを繰り返していました。
そんな中、子供達は2ヶ月に1回の、奇数の月の第3土曜日を毎回楽しみにしていました。
数少なくなった公園に、夢屋が来るからです。

「ねえナホコちゃん、今日は夢屋さんどんなお夢売りにくるのかなぁ」
「ナホコはねぇ、お菓子がいいなぁ。ももいろとみずいろの「あめ」、美味しいのよ」
「マユコはねぇ、お話がいい。ティンカーベルになってピーターパンとネバーランドに行くのよ。
…でもマユコ、いつもお話は買わないの。お話はすてき。でもすぐ終わっちゃうから」
「でもナホコ、お唄も欲しいの。夢屋さんのお唄はきれいだから。」
「このあいだ、お父さんがお唄練習してたのよ。お父さんは音痴だから。
でも汚かったの。お車のうしろからでる煙の色だったのよ。」

何も遊具の無い公園に、夢屋がリヤカーをごろごろ引いてやってきます。
リヤカーは薄い桃色をしていて、中には、
桃色や水色や薄い黄色や黄緑色や薄紫色をしたマシュマロやあめやグミ、ジャムやお砂糖が沢山ついたビスケット、
赤や桃色や黄色の、つやつやのパックに詰められたお話、
四角いケースにひとつずつ入れられた、赤や青や緑や黄色や桃色や水色や黄緑色や紫色や橙色や…
数え切れないほどの色がギッシリしている、キラキラしたお唄。
毎回それらが、桃色ををしたリヤカーにところせましと詰まっているのでした。
子供達は、遠くからでも夢屋さんが来たかどうかがわかります。
夢屋さんは男なのか女なのか、お兄さんなのかお姉さんなのかおじさんなのかおばさんなのかおじいさんなのかおばあさんなのか
見当がつきませんでしたが、とても可愛らしいお洋服を着ていたからです。
子供達の誰もが見たことの無い、毎回違った可愛らしくてたまらないお洋服を着ていたからです。
この日の夢屋さんも性別や年齢はわかりませんでしたが、
真っ白いお花の透かしのレースが3段重ねについた真っ白いブラウスに、胸にはおそろいのリボンをつけ、
桃色のふわふわしたジャケットを重ねていました。
後ろが桃色のリボンの編み上げになっていて、色んな種類のレースがついている桃色のスカートをはき、
頭にはスカートとおそろいのヘッドドレスをつけ、白と桃色のボーダーの靴下をはいていました。
足元は黒いストラップシューズで決めていて、桃色と白のお洋服には浮いていました。
子供達は見たことも無いお洋服を見ても、男が着るのか女が着るのかわかりませんでしたし、
お顔の部分はようく見ようとしても見えないので、いつも不思議に思っているのでした。
でも後ろのリヤカーにすぐ目が釘付けになり、夢屋さんのことは誰も話題にはしませんでした。

「あっナホコちゃん、夢屋さんきたよ!」
公園の入り口めがけて子供達がワーッと走りよります。
そして我先にと桃色のリヤカーの中を覗きこみ、歓声をあげるのでした。
マユコちゃんとナホコちゃんは水色と黄色のあめをそれぞれ手にし、夢屋にこれ下さいと言ってお金を渡しました。
あめの先端についた薄い紙をビリッと破いてすぐに舐め始めると、
甘くて、少し酸っぱいような、でもやっぱり物凄く甘い味が口の中に広がり、口の中は桃色に輝きます。
でもその桃色や黄色は少しで終わってしまうので、赤や橙のジャムが挟まれたビスケットを手にしては夢屋にお金を渡しました。
お菓子はひとつ80円から150円くらいで、いくつか買えば500円もすぐに終わってしまいます。
お菓子を食べててのひらに握られた小銭の量を確かめると、子供達はその度悲しくなりました。
でもお菓子をまた買えば悲しさも忘れてしまうので、子供達はてのひらのお金が無くならないことを願いました。
それは叶わぬ願いです。
マユコちゃんとナホコちゃんが朱色と黄緑色のグミを舐めているとき、夢屋さんが何か喋りました。
テープレコーダーで録音した詩の朗読のような声です。性別や年齢は声からもわかりません。
夢屋は、テープレコーダーで録音した詩の朗読のような声でこう言いました。
この言葉を聞いてから、子供達全員がとても喜んだのは言うまでもありません。
「夢屋さんがあなたたちにお話をご馳走してさしあげましょう。
とても素敵なお話です。お唄も混ざったお話です。お金は要りませんよ。
題名はこうです。『ヴィシャスサークル』。ではお話を始めましょうか。」



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