この物語の主人公は、常にかつての英雄だった。
私はただの唄い手としてここに存在し
私はただの宇宙の歯車として 今日も小さなくず星を生む。
そしてそれは、いつでも あなたのために。



満ちない月



灰色に深い青をたたえた、海にも月にも似た長い髪を持つ1匹の魚が、
数々の優しい宝石を連れてこの扉を開けたのは、
そう、一瞬前の遠い過去のことだ。
魚はまず辺りを見回し、遥か遠くの、もっと遠くの、
青い惑星の過去のことを唄いたがって、吟遊詩人の私のもとへやって来た。
だが私は青い惑星の唄を唄わなかった。
私も彼と同じ従順な月の者であったし、そんな月の魚が青い惑星の唄を唄いたがるとは思えなかった。
私はただ魚が青い惑星のことをそんなに執拗に唄いたがるのが不思議だったし、
私が唄える数少ない青の唄は魚に、
彼に必要でないことはすぐにわかった。
魚の彼は月の魚であり、決して優しくはない月がこんなに彼を優しく包むはずはなく、
その空気は青い惑星に似た濃紺に染まっていたからだ。
そして彼の眼は、月に向くこともなく、
ただひたすらに青い惑星の一点を映し続けていた。
私はこの濃紺の空気にすっかり惑わされ、過去の気持ちがあっという間に頭をもたげた。
故郷は違えど、こんな魚を現在まで何度見つけたことだろう。
彼等魚たちは決して空の青と混じれないことをとっくに解りつつも、
空の青に激しく焦がれて、自らの青を惜しみなく注ぎ込み、疲れ果てて、ここへ還るのだ。
そして私はいつも、こんな魚と出会うたびに、
魚の求める空の青をした鳥が現れることを願ってしまうのだ。
更には決まったこの場所の輪廻の巡りさえも呪ってしまう。
私が吟遊詩人で、その思いはあるまじき行為だと、知りつつも。
 だが、月の魚はいけない。
どんなことがあっても無理なのだ。
この魚の彼の前に鳥が現れることは無い。
月のサイクルはこの場所の総てを司っている。
これを狂わせることはこの場所のすべてに背くことと同じことだからだ。
だけれども 彼の光はただ一点のみを映しているのだ。
その光は月の者とは思えない優しさを纏っていた。
 私が唄えることは、何もなかった。
数々の新参者に星を与え
意味を、与えてきた私の唄は、この月の魚の彼の前には歌える歌のすべてが無力だった。
ただ彼は、見つめていたのだ。
何の言葉を発することもなく、ひたすら。
その行為が、彼の全てなのだと、端から見ても一目で判った。
彼も、そうするしかなかったのだと、全てで わかっていたのだろう。
 私は、あぁ やっぱりこの魚も、月の者なのだと、私の底から感じた。
きっと彼はずっとこうしている。
ただひとつのことを永遠に祈っている。
彼は月の住人だ。彼は、何より哀しいが、ずっとずっとずっと過去から、月の者でしかない。
ずっとずっと永遠に、満ちない月の者だ。
 満ちない月に成す術など、吟遊詩人が持っているはずがない。
新しい、小さなくず星など、彼にひとつの価値もない。
彼は誰にも触れられることは無く、永遠に祈り続ける満ちない月なのだ。

祈り続ける彼の中に再び時が流れることは、無い。
私が唄うことしかできないように。

きっと彼はこれからも祈り続け、私は彼を唄うのだろう。
灰と青の魚のことを、満ちない月の彼のことを。
永遠の彼の存在そのものが、また鳥を眼にするように。
永遠の彼の外の時を、少しでも巡らすために。

この彼の物語に終わりなど見えるはずもない。
だから私の彼の唄は、いつもこうして終えるのだ。


この物語の主人公は、常にかつての英雄だった。
私はただの唄い手としてここに存在し
私はただの宇宙の歯車として 今日も小さなくず星を生む。

そしてそれは、いつでも  あなたのために。





after word...
どうだったでしょうか。ね。
知る人ぞ知る、あの物語の後のことです。
基本的にあの物語に終わりはないのですが、こういうかたちで、
うっすらふたりのその後を匂わせてみました。
個人的にとても気に入ってます。
ひとつひとつの言葉に意味が凄くこもってますが、
それを全部理解してくれなくても、素直にああ〜って思って下されば嬉しいです。

読んでくれてありがとうございました。

2003/07/15 夏海


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